西暦196年、
この時の曹豹の様子については、正史『三国志』の本文には「下邳守將曹豹反,閒迎布(下邳の守将の曹豹がそむき、ひそかに呂布を迎えた)」とあるだけです。
『三国志演義』などのお話では、張飛と曹豹のいさかいの描写にさまざまなバリエーションがあり、張飛の人物像が少しずつ異なっております。
- 飲酒をとがめられて曹豹に暴力をふるう大きな子供-吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」
- 曹豹に飲酒を強要し、断られたことに怒って暴力をふるうアルハラ男-『三国志演義』
- 徐州を仕切りたがる曹豹を鞭打つ秩序の番人-『三国志平話』
- 歴史書での書かれ方-正史『三国志』、『英雄記』
- 性格の不一致で殺してしまう短気な性格-『秘本三国志』
- 呂布を毛嫌いし曹豹の話に耳を貸さぬ独裁者-「蒼天航路」
- まとめ
飲酒をとがめられて曹豹に暴力をふるう大きな子供-吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」
張飛の下邳城失陥については、酒のうえでの失敗というイメージを持っている方も多いと思います。
吉川英治『三国志』と横山光輝「三国志」では、下記のような流れになっています。
①張飛の酒乱を心配して留守を任せるのをためらう劉備に、張飛が禁酒の約束をして留守を請け負う
②張飛が兵士の労をねぎらうために酒を出し、自分は我慢するが、すすめられてつい一杯飲んでしまい、止まらなくなり杯を重ねる
③張飛は曹豹から禁酒の約束を忘れたのかとなじられ、曹豹に暴力を振るう
④曹豹はこれを恨み、呂布に密書を送り、城内の将兵が酔ってるいるから下邳城を取れと呂布に勧める
⑤呂布軍に攻め込まれ逃走する張飛を曹豹が追撃すると、張飛は曹豹を一刀両断にした
飲まないと決意しているのについ飲んでしまい、それをとがめられて怒る張飛。
大きな子供のようですね。
曹豹に飲酒を強要し、断られたことに怒って暴力をふるうアルハラ男-『三国志演義』
吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」の元ネタになっている『三国志演義』では、張飛が酒で失敗するのは同じですが、曹豹に暴力を振るうきっかけが飲酒を断られたことになっています。
①張飛の酒乱を心配して留守を任せるのをためらう劉備に、張飛が禁酒の約束をして留守を請け負う
②張飛が宴席を設け、今日は心ゆくまで飲み明日から禁酒しようと言う
③酒を辞退する曹豹に怒った張飛が彼を棒打ちにしようとすると、曹豹は娘婿の呂布に免じて許してくれと言い、張飛はますます激昂して曹豹を打つ
④曹豹はこれを恨み、呂布に密書を送り、城内の将兵が酔っているから下邳城を取れと呂布に勧める
⑤呂布軍に攻め込まれ逃走する張飛を曹豹が追撃すると、張飛は曹豹を槍で一突きし、曹豹は河に落ちて死んだ
下線部が吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」との違いです。
『三国志演義』の張飛は曹豹に飲酒を強要して断られたから怒るという、やっかいなアルハラ男として描写されていますね。
吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」では、飲まないつもりなのについ飲んでしまったところや、怒る原因が禁酒の約束を忘れたのかとなじられたことであるところが、『三国志演義』よりも愛嬌のある人物像を作っている思います。
吉川英治『三国志』には「酒も飲めぬくせに」という張飛のせりふがあります。
これは『三国志演義』のアルハラ張飛像のわずかな名残りでしょうね。
徐州を仕切りたがる曹豹を鞭打つ秩序の番人-『三国志平話』
『三国志演義』よりも早くに成立した『三国志平話』では、張飛は酒を飲んではいるものの、曹豹への暴力は酒とは関係なく、至極まっとうな理由によるものです。
①張飛は毎日酔っ払っており、業務を処理しなかった
②曹豹は陶謙 が徐州 を自分ではなく劉備に譲ったことが不満であり、徐州の留守番を任されたのが自分ではなくガキの使いのような張飛であることにも不服であった
③張飛が曹豹の指導に従わないため、曹豹は張飛を罵った
④張飛は劉備が徐州の主であり徐州のことは自分が一任されているとして、曹豹を鞭打った(※曹豹の口出しが秩序を乱す行為であるとして罰したのでしょう)
⑤曹豹は娘婿の張本 に手紙を持たせ、呂布を接待させて貴金属や宝石を与えさせた。陳宮 は呂布に張飛が毎日酔っていることを伝えた
⑥呂布が徐州に攻め込むと曹豹は西門を開いて呂布軍を導き、張飛は敗走する
⑦曹豹が斬られる描写はない。後の張本のせりふの中で、曹豹は関 羽 に殺されたとある
『三国志平話』の曹豹はこれまでに見た曹豹像とは違い、なかなか不穏な人物ですね。
劉備や張飛が徐州をしきることに不満を持っており、口出しをして張飛に鞭打たれています。
ここでの張飛は大きな子供でもアルハラ暴力男でもなく、州の秩序を保つために曹豹を罰しただけです。
張飛の飲酒よりは、徐州の支配体制の難しさに焦点のあたった描写ですね。
先ほど紹介した『三国志演義』はこの『三国志平話』より後に成立した小説ですが、張飛と曹豹の確執については徐州の支配体制の難しさの描写を削り、張飛のアルハラに焦点をあてていましたね。
『三国志演義』は劉備を徐州の民に望まれて位についた理想の君主として描くために、下邳城失陥の原因を張飛のアルハラに押しつけたのだろうと思います。
歴史書での書かれ方-正史『三国志』、『英雄記』
史料ではどう書かれているかを見てみましょう。
正史『三国志』先主伝
【原文】
先主與術相持經月,呂布乘虛襲下邳。下邳守將曹豹反,閒迎布。
【訳】先主 (劉備)は袁術軍と対峙すること一月あまりであった。呂布は隙に乗じて下邳を襲撃した。下邳の守将曹豹が背き、ひそかに呂布を迎え入れた。
正史『三国志』本文では、劉備が袁術と戦っている隙に呂布が下邳を襲撃し、下邳の守将の曹豹が呂布を引き入れたとなっています。
これだと、曹豹と張飛の確執はよく分かりませんね。
正史『三国志』先主伝の注釈に引用されている『英雄記』
【原文】
英雄記曰:備留張飛守下邳,引兵與袁術戰於淮陰石亭,更有勝負。陶謙故將曹豹在下邳,張飛欲殺之。豹衆堅營自守,使人招呂布。布取下邳,張飛敗走。
【訳】
『英雄記』にいわく、劉備は張飛に下邳の留守を任せ、兵を率いて淮陰 石亭 において袁術と戦ったが、勝敗は決しなかった。
もと陶謙の将であった曹豹が下邳におり、張飛は曹豹を殺そうとした。
曹豹の手勢は陣営を固く守り、使者を派遣して呂布を招いた。
呂布は下邳を取り、張飛は敗走した。
正史『三国志』先主伝の注釈に引用されている『英雄記』では、留守番中の張飛が曹豹を殺そうとしたために、曹豹は手勢を固めて身を守りながら呂布に助けを求めたようです。
正史『三国志』呂布伝の注釈に引用されている『英雄記』
【原文】
備中郎將丹楊許耽夜遣司馬章誑來詣布,言「張益德與下邳相曹豹共争,益德殺豹,城中大亂,不相信。丹楊兵有千人屯西白門城內,聞將軍來東,大小踊躍,如復更生。將軍兵向城西門,丹楊軍便開門內將軍矣」
【訳】
劉備の中郎将 である丹楊 の許耽 は夜に司馬 の章誑 を派遣し、呂布を訪問させ、こう言わせた。
「張益徳 は下邳の相の曹豹と争い、益徳が曹豹を殺し、城内は大いに乱れ、疑い合っています。丹楊の兵千人が西の白門の城內に駐屯しておりますが、将軍の東征を聞き小躍りして喜び、生き返ったようです。将軍の兵が城の西門に向かわれれば丹楊の軍は城門を開いて将軍を引き入れましょう」
正史『三国志』呂布伝の注釈に引用されている『英雄記』では、張飛と曹豹がもめて張飛が曹豹を殺し、城内が混乱したので、
正史『三国志』本文の記述では様子がよく分かりませんが、『英雄記』によれば、張飛と曹豹がもめて、張飛が曹豹を殺そうとしたか殺したかしたために、困って呂布を下邳に引き入れることになったようですね。
先主伝に引用されている『英雄記』では曹豹のことをわざわざ「陶謙の故将」と特記してありますから、陶謙体制から劉備体制に移行したことへの不満が曹豹と張飛の確執の原因ではないかと想像できます。
『三国志平話』の描写はこの解釈に基づいているようですね。
性格の不一致で殺してしまう短気な性格-『秘本三国志』
下邳の留守部隊で、劉備系の張飛と陶謙系の曹豹が、内紛をおっぱじめたのである。向う意気が強いだけの張飛と、人心の機微にうとい曹豹とでは、まるで喧嘩せよといわんばかりの組み合わせだったといわねばならない。そんな喧嘩では、手の早い者の勝ちである。
口よりも手のほうが早く出る張飛は、下邳城内で、いきなり曹豹を殺してしまった。いったいなにが原因だったのか、殺した当の張飛にきいても、
--とにかく、きゃつは生意気なんだ。
というぐらいの返事しかできないだろう。
御大将出陣中というのに、下邳城は上を下への大騒ぎである。寄合い所帯の悲しさで、まるで収拾 がつかない。曹豹を殺した張飛は、興奮のあまり、徐州のあるじ気取りになったので、対立する陶謙系の人たちどころか、味方であるはずの劉備系の連中からも嫌われてしまった。
「よし、いまだ!」
呂布が赤 兎 にうちまたがり、下邳城をめざしたのはいうまでもない。
陳舜臣『秘本三国志(三)』文春文庫 1982年8月25日 p.161
『秘本三国志』の描写は正史『三国志』呂布伝の注に引用されている『英雄記』をベースとし、陶謙系・劉備系という概念に言及しつつも、張飛と曹豹の確執については性格の不一致に帰していますね。
三国志演義をはじめとするお話で愛されてきた単純な性格の張飛のキャラクターと、史料の記述との、ハイブリッドのような描かれ方です。
呂布を毛嫌いし曹豹の話に耳を貸さぬ独裁者-「蒼天航路」
画像:王欣太(原案:李學仁)「蒼天航路」(講談社漫画文庫)第5巻p.118
王欣太(原案:李學仁)「蒼天航路」では下記のような描写になっています。
張飛「
呂 布 だあーーーー!? 呂布が来ただと!?」
曹豹「陳宮 殿と共にみえ劉備 殿の援軍に向かうゆえ兵を借りたいと申されておる」
張飛「申されておるだあ? あんな野郎のいうことなんざ信用すんじゃねえ! 追い返せ追い返せ!」
曹豹「劉備 殿といわば同盟関係にある呂 布 将軍を理由もなく追い返すわけにはいかぬ!」
張飛「こらあ曹豹 ! てめえこの下邳 の留守をあずかるこの俺のいうことが聞けねえってのか!」
曹豹「博 打 ばかり打っておる者にこの城の防衛を任せてはおけぬ!」
張飛「おもしれえ この張飛 に逆らおうってんだな」
(襟を掴んでいるうちに曹豹が死んでしまう)
張飛「へっ いいか! この下邳 城 を護 るのは俺の務めだ! 俺様に逆らった曹豹 は 当然死罪ってことだ!」
陳宮「(ふふっ 城内のふたつの勢力は完全に引き裂かれた 呂布殿に入っていただくには絶好の機)」
(このあと、陳宮が「張飛 の謀 反 ぞ----ッ」と騒いで呂布を引き入れ、張飛の部下たちは呂布に寝返り張飛敗走)
「蒼天航路」の張飛は、呂布を毛嫌いして信用せず、人の話に耳を貸さない独裁者になっています。
曹豹が真面目に張飛を諫め、諫められた張飛が怒る点は、吉川英治『三国志』・横山光輝「三国志」に似ていますね。
堂々と直言をしてひっこめない曹豹と張飛がぶつかるのは『秘本三国志』の性格の不一致という見方と共通しています。
自分がリーダーであるという張飛の自負心は『三国志平話』、『秘本三国志』と共通しています。
『三国志演義』をはじめとするお話で愛されてきた単純な性格の張飛のキャラクターも健在です。
張飛が曹豹の言うことを聞きたがらないきっかけが呂布への不信感である点と、陳宮の謀略という要素が加わっている点は、これまで見てきた本にはない描写ですね。
まとめ
本日比較した諸本および漫画のシーンが書かれたとおぼしき年代順に並べると下記のようになります。
1.『英雄記』
2. 正史『三国志』
3.『三国志平話』
4.『三国志演義』
5. 吉川英治『三国志』
6. 横山光輝「三国志」
6. 陳舜臣『秘本三国志』
7. 王欣太(原案:李學仁)「蒼天航路」
※横山光輝「三国志」と陳舜臣『秘本三国志』では、この部分が書かれた時期はほぼ同時だろうと思います
『三国志平話』は『英雄記』の記述をもとに、陶謙の元部下と劉備の腹心との確執に焦点を当てた描写になっています。ここでの張飛は城内の秩序をまもろうとする酷吏です。
『三国志演義』では、いさかいの原因を張飛のアルハラとして、徐州の支配体制の難しさについての描写はカットされています。劉備が望まれて徐州を得たというストーリーを邪魔しないためでしょう。ここでの張飛はやっかいなアルハラ男です。
吉川英治『三国志』・ 横山光輝「三国志」では、酒の上での失敗である点は『三国志演義』と同じですが、張飛がやっかいなアルハラ男ではなく、飲まないつもりなのについ飲んでしまってとがめられたら怒るという愛嬌のある人物像になっています。
陳舜臣『秘本三国志』では飲酒の描写はなく、徐州の支配体制の難しさ、張飛と曹豹の性格の不一致、張飛の単純な性格が描かれています。ここでの張飛は、複雑な留守番任務をこなすには性格が単純すぎる人物となっています。
「蒼天航路」でも飲酒の描写はなく、徐州の支配体制の難しさ、逆らう者は許さないという張飛の態度、堂々と直言をしてひっこめない曹豹と張飛との性格の不一致、それに加えて陳宮の謀略が、張飛の失敗の原因になっています。
張飛の人物像としては、『三国志平話』と『秘本三国志』に近いですね。
いずれのお話でも張飛が曹豹といさかいを起こして城を失うという出来事は同じですが、張飛の人物像が少しずつ違っていることが分かりました。
読者様はどの張飛がお気に召しましたか?
私は飲まないつもりなのについ飲んでしまって失敗する横山光輝「三国志」の張飛が可愛いと思いますが、『三国志平話』で難しい舵取りをしている張飛も好きです。
作品によっていろんな人物像が楽しめると思いますので、ぜひ読み比べてみて下さい!
原文参照元:
・中華書局『三国志』1982年7月 第2版
・山東文藝出版社『三国志演義』1991年12月第1版 ※毛宗崗本
・巴蜀書社『三国演義』1993年11月 第1版 ※李卓吾本
・横山光輝「三国志」潮出出版 第10巻 1991年11月30日 第51刷
・王欣太(原案:李學仁)「蒼天航路」講談社漫画文庫 第5巻2001年2月 第1刷
・陳舜臣『秘本三国志』文春文庫 第3巻 1982年8月25日 第1刷
・吉川英治『三国志』草莽の巻 青空文庫 最終閲覧日:2020年7月6日
参照URL:https://www.aozora.gr.jp/cards/001562/files/52412_51063.html#midashi820
・『全相平話三国志至治新刊』中国哲学書電子化計画 最終閲覧日:2020年7月6日
参照URL:https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=987805