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『笑林』全訳(仮)

※素人が趣味で行っているざっくりとした和訳です。当ブログについてをご確認のうえ自己責任でご利用下さい。原文引用元は维基文庫です。訳文中( )内はブログ管理人のコメントです。原文引用元URL:https://zh.wikisource.org/wiki/笑林 最終閲覧日:2023年2月5日

『笑林』について

『笑林』は三国志の時代の魏の邯鄲淳が撰したと言われている笑い話集です。散逸しましたが、『太平御覧』『太平広記』等に引用された話が残って伝わっています。
1800年前の中国の人たちのユーモアセンスを味わうのによい本だと思います。日本の落語ネタのルーツになっていそうな話もあります。
撰者と言われている邯鄲淳は漢字の字体に造形の深い高名な学者です。そういう人がどんな意図で笑い話を記録したのだろうかと思いを馳せるのも面白いと思います。
邯鄲淳は魏の人ですが、『笑林』の中で南北の食文化の違いを扱った話は晋が呉を併合した後の人々の生活体験に根差していそうに思います。『陸雲笑林』という書物もあった様子ですから、現在『笑林』として伝えられている話の中には陸雲の生きた呉末~西晋の話も混在しているのかもしれません(※)。
(※)『中国古典小説選12 笑林・笑賛・笑府他<歴代笑話>』(竹田晃・黒田真美子明治書院/2008.11.10)によれば、筍の話と野菜畑の話には引用文の冒頭に「陸雲笑林」という文字が見えるそうです。
陸雲はおかしいことがあると笑い転げてしまう体質だったらしく、『晋書』の中で兄の陸機から「笑疾あり」と言われたことが書かれている人物です。陸雲自身が面白い話が大好きで『陸雲笑林』と呼ばれる書をみずから編んだのか、あるいは陸雲より少し後の時代の人が笑い話集を作った時に陸雲のことを笑い話の編者にふさわしい人物として仮託して世に出したのかもしれませんね。
『笑林』は散逸した本ですので、このページのタイトルは「『笑林』全訳(仮)」としました。次の段落からが原文と訳です。段落の番号とタイトルはブログ管理人が便宜的につけたものです。
维基文庫の原文の末尾にある引用元は訳文にはつけませんでした。
维基文庫の原文で引用元による記述の異動について書いてある部分には触れず、訳文の意味が通るように適宜訳しました。

一、長い竿では門を通れぬ

【原文】
魯有執長竿入城門者,初豎執之,不可入,橫執之,亦不可入,計無所出。俄有老父至,曰:「吾非聖人,但見事多矣。何不以鋸中截而入。」遂依而截之。廣記二百六十二

【訳】
魯に長い竿を持って城門を通ろうとする者がいた。最初縦に持って入れず、横に持っても入れず、途方に暮れた。そこに老人が現れて言った「私は聖人ではないが、多くのことを見てきた。のこぎりで切断して通ればいいのではないかね」そこでその助言通りに竿を切った。

二、瑟柱を膠で固定

【原文】
齊人就趙人學瑟,因之先調膠柱而歸,三年不成一曲。齊人怪之,有從趙來者,問其意乃知向人之愚。廣記二百六十二

【訳】
斉の人が趙の人にしつを学んだ。まず瑟の音階を調節してもらい、瑟柱(動かして音を調節する部分)を膠で固定して帰ったので、三年経っても一曲も演奏できなかった。斉の人はなぜだろうと思っていた。趙から来た人がおり、どういうことかと質問して、この人が愚かなことをしたと分かったのであった。

三、山鶏を鳳凰だと信じたら

【原文】
楚人有擔山雞者,路人問曰:「何鳥也?」擔者欺之曰:「鳳皇也!」路人曰:「我聞有鳳皇久矣,今真見之,汝賣之乎?」曰:「然!」乃酬千金,弗與;請加倍,乃與之。方將獻楚王,經宿而鳥死。路人不遑惜其金,惟恨不得以獻耳。國人傳之,咸以為真鳳而貴,宜欲獻之,遂聞於楚王。王感其欲獻己也,召而厚賜之,過買鳳之值十倍矣。廣記四百六十一

【訳】
楚の人が山鶏をかついでいると、通りかかった人が「何の鳥だね?」とたずねた。山鶏をかついでいた人は「鳳凰さ!」と嘘をついた。通りかかった人は言った「鳳凰というものがいるとは前々から聞いていたが、いま本当に見ることができた。売りものかね?」「そうです」千金でどうだと言うと、それではやれぬと言い、その倍を要求して鳥を譲った。鳥を買った人はそれを楚王に献上しようとしたが、一晩で鳥は死んでしまった。鳥を買うのに使った金を惜しむいとまもないほどに、献上することができなかったことをひたすら無念がった。国の人々がこれを語り伝え、みんなその鳥は本物の鳳凰であって貴重なものでありそれを王に献上しようとしたのだろうと思った。この話が楚王の耳にも届いた。王は自分にそれを献上しようとしてくれたことに感動し、鳥を買った人を呼んで厚く褒美を与えた。その褒美は鳳凰を買った値の十倍以上であった。

四、俺の姿は見えるか?

【原文】
楚人居貧,讀《淮南》,方得「螳螂伺蟬自鄣葉可以隱形」,遂於樹下仰取葉。螳螂執葉伺蟬,以摘之,葉落樹下;樹下先有落葉,不能復分,別埽取數鬥歸。一一以葉自鄣,問其妻曰:「汝見我不?」妻始時恒答言「見。」經曰乃厭倦不堪,紿云:「不見。」嘿然大喜,賫葉入市對面取人物,吏遂縛詣縣。縣受辭,自說本末。官大笑,放而不治。御覽九百四十六

【訳】
楚の人で貧しい暮らしをしている男がいた。『淮南方』を読んでカマキリがセミを狙うときに木の葉に身を隠すと知り、木の下へ行って葉を摘もうとした。カマキリがセミを狙うときに使った葉を摘もうとしたが、葉は木の下に落ち、木の下には先に落ちていた葉があったため見分けがつかず、掃き集めて数斗の葉を持ち帰った。一枚一枚自分の前に葉をかざしては妻に「俺の姿は見えるか?」とたずねた。妻ははじめのうちはずっと「見える」と答えていたが、何日もやっているうちに面倒になり「見えない」と嘘をついた。男は黙然として大いに喜び、その葉を持って市場へ行き、人の物を目の前で取って役人に捕縛されて県に移送された。県は案件を受け、供述を聞き、長官は大いに笑って男を釈放し、処罰しなかった。

五、言われたとおりにやればいい

【原文】
漢司徒崔烈辟上黨鮑堅為掾,將謁見,自慮不過,問先到者儀,適有答曰:「隨典儀口倡。」既謁,贊曰可拜,堅亦曰可拜;贊者曰就位,堅亦曰就位。因復著履上座,將離席,不知履所在,贊者曰履著腳,堅亦曰履著腳也。御覽四百九十九

【訳】
漢の司徒の崔烈が上党の鮑堅を掾に抜擢した。鮑堅が拝謁する日になり、粗相があってはいけないと思い、先に来ている人に儀礼について質問した。話しかけられた人は「典儀に言われたとおりにやればいい」と答えた。拝謁が始まり、典儀が「拝せよ」と言えば鮑堅もまた「拝せよ」と言い、典儀が「着席」と言えば鮑堅もまた「着席」と言った。履物を履いたまま座についたため、離席するときに履物をどこへやったろうかと探し、典儀が「履物は足に履いたままですよ」と言うと、鮑堅もまた「履物は足に履いたままですよ」と言った。

六、葛龔の名は消しておけ

【原文】
桓帝時有人辭公府掾者,倩人作奏記文;人不能為作,因語曰:「梁國葛龔先善為記文,自可寫用,不煩更作。」遂從人言寫記文,不去葛龔名姓。府君大驚,不答而罷。故時人語曰:「作奏雖工,宜去葛龔。」御覽四百九十六
後漢書葛龔傳註云,龔善為文奏。或有請奏以幹人者,龔為作之。其人寫之,忘自載其名,因並寫龔名以進之故。時人為之語曰:「作奏雖工,宜去葛龔。」 見笑林與御覽引異

【訳】
桓帝の時に公府の掾を免職された人の話である。その人は他の人に依頼して上奏文を作らせようとしたのだが、頼まれた人は作ることができずこう言った「梁国の葛龔がいい文章を作っていますから書き写せばわざわざ新しいものを作る労力を省くことができますよ」その助言にしたがって文を書き写し、葛龔の名を削除しなかった。府君は大いに驚き、黙ってその人を罷免して郷里に帰らせた。そこで当時の人々はこう語らった「上奏文は上手にできたが葛龔の名前は消しておけ」
※『後漢書』葛龔伝の注にはこうある。葛龔は文奏が上手かった。ある人が使用人に上奏文を書かせようとして、葛龔が彼のために文を作った。その人はそれを書き写し、自分の名前を書き忘れ、葛龔の名前を書いたまま上奏した。当時の人々はこう語らった「上奏文は上手にできたが葛龔の名は消しておけ」
※『笑林』と『太平御覧』の引用は異なっている

七、火起こし道具を探すには

【原文】
某甲廣記引作魏人夜暴疾,命門人鉆火。其夜陰暝,不得火,催之急,廣記引作督迫頗急門人忿然曰:「君責之亦大無道理!今闇如漆,何以不把火照我?我當得覓鉆火具,類聚八十御覽八百六十九然後易得耳。」孔文舉聞之曰:「責人當以其方也。」廣記二百五十八

【訳】
魏の人が夜に急病になり、門人に火を起こすよう命じた。その夜は闇夜で、早く火を起こせとせかしたところ、門人は憤然として言った「そんなに責め立てるとはあまりにも無茶だ。漆黒の闇夜なんですから火で照らして下さいよ。そうすれば火起こしの道具がみつかりますから」孔文挙はこれを聞いて言った「人を責めるにもやりかたというものがある」

八、スモモの種で死を覚悟

【原文】
趙伯公類林作翁為人肥大,夏曰醉臥,有數歲孫兒緣其肚上戲,因以李子八九枚內○臍中。既醒,了不覺;數曰後,乃知痛。李大爛,汁出,以為臍穴,雕玉集引作膿懼死乃命妻子,處分家事,泣謂家人曰:「我腸爛將死。」明曰,李核出,尋問,乃知是孫兒所內李子也。御覽三百七十一又九百六十六雕玉集十四類林雜說十

【訳】
趙伯翁は太った体型であった。ある夏に酒に酔って寝ていると、数歳の孫が腹の上によじ登って遊び、スモモの種が八、九個ヘソの中に入った。目が覚めても何も感じなかったが、数日後に痛みを覚えた。スモモが大いに爛れて汁が出ており、ヘソに穴が開いたと勘違いした。死ぬのではないかとおそれ、妻子に家の事について言いつけ、泣いて家人にこう言った「私は腸が爛れて死ぬのだ」翌日、スモモの核が出てきた。尋ねると、孫が入れたスモモだと分かったのであった。

九、好みじゃないから難癖つけた

【原文】
伯翁妹肥於兄,嫁於王氏,嫌其太肥,遂誣雲無女身,乃遣之。後更嫁李氏,乃得女身。方驗前誣也。類聚雜說十

【訳】
伯翁の妹は兄より太っていた。王氏に嫁いだが、王氏は彼女が太りすぎていることを嫌い、この女は処女ではないと誣告して離縁した。のちに李氏と再婚すると、処女であった。こうして嘘が露見したのである。

十、けちんぼ

【原文】
漢世有人年老無子,家富,性儉嗇;惡衣蔬食,侵晨而起,侵夜而息;營理產業,聚斂無厭;而不敢自用。或人從之求丐者,不得已而入內取錢十,自堂而出,隨步輒減,比至於外,才余半在,閉目以授乞者。尋復囑雲:「我傾家贍君,慎勿他說,復相效而來!」老人俄死,田宅沒官,貨財充於內帑矣。廣記一百六十五

【訳】
漢の時代のこと。年老いて子のない者がいた。家は富んでいたがけちんぼで、粗末な服と肉のない食事で過ごし、朝早く起きて夜遅く休み、家産を営み飽きることなく貯め込んで、自分では使わなかった。ある者が彼に物乞いをしたため、しかたなく中に入って十銭を手に取ったが、堂を出てから歩くごとに減っていき、外に出た時にはなんとか半分あまり残っていた。目を閉じながら物乞いの者に渡し、こう念押しした「私は家財を傾けてあなたに援助したのです。他の人に言わないように気をつけてください。あなたをまねてここへ来る人がまた出てしまいますから」のちに老人がぽっくり死ぬと、田宅は官に没収され、貨財は国庫に充当されたのであった。

十一、お前に与える塩はねえ

【原文】
姚彪與張溫俱至武昌,遇吳興沈珩於江渚守風,糧用盡,遣人從彪貸鹽一百斛。彪性峻直,得書不答,方與溫談論。良久,敕左右:倒鹽百斛著江水中。謂溫曰:「明吾不惜,惜所與耳!」廣記一百六十五御覽八百六十五

【訳】
姚彪が張温と一緒に武昌へ行った時のこと。たまたま呉興の沈珩が川辺で船を出せる天候を待っており、待つ間に糧が尽きたため、人を遣って姚彪から塩を百石借りようとした。姚彪は峻厳で剛直な性格で、手紙を受け取っても答えず張温と談論していた。しばらく経ってから左右の者に言いつけて塩百石を川にぶちまけさせ、張温に言った「私は塩が惜しいのではなく沈珩に与えるのが惜しいだけであるとはっきりさせました」

十二、贈るにふさわしいはぎれ

【原文】
沈珩弟峻,字叔山,有名譽,而性儉吝。張溫使蜀,與峻別,峻入內良久,出語溫曰:「向擇一端布,欲以送卿,而無粗者。」溫嘉其能顯非。已上亦見類聚八十五御覽八百二十續談助四又嘗經太湖岸上,使從者取鹽水;已而恨多,敕令還減之。尋亦自愧曰:「此吾天性也!」廣記一百十五六

【訳】
沈珩の弟の沈峻、字は叔山は、名声があり誉れ高かったがけちんぼであった。張温が蜀に使者として赴くにあたり沈峻に別れを告げに来た。沈峻は奥にひっこんでしばらく経ってから出てきて張温に言った「前からはぎれを選んでおいてあなたに贈りたいと思っていたのですが質の悪いものがなくて」張温は沈峻のあけすけなところが気に入った。
沈峻は以前太湖の岸上で従者に塩水をすくわせた時、多くすくいすぎてきたのが気に入らず減らせと命じたことがある。すぐに自ら恥じて言った「これが私の天から与えられた性格なのだ」

十三、土になっても仲睦まじい

【原文】
吳國胡邕,為人好色,娶妻張氏,憐之不舍。後卒,邕亦亡,家人便殯於後園中。三年取葬,見冢土化作二人;常見抱如臥時。人競笑之。廣記三百八十九

【訳】
呉国の胡邕は好色であった。妻の張氏を娶ってからは下にもおかず可愛がった。のちに張氏が亡くなると胡邕もまた亡くなり、家の者が後園にかりもがりした。三年後に本埋葬をしようとしたところ、冢の土が二人の形になっており、いつも抱き合って寝ていた時のようなかっこうであった。人々はこれを笑い合った。

十四、年をとったら

【原文】
平原陶丘氏,取勃海墨臺氏女,女色甚美,才甚令,復相敬。已生一男而歸母丁氏,年老,進見女▢。女▢既歸而遣婦。婦臨去請罪!夫曰:「曩見夫人,年德以衰,非昔曰比。亦恐新婦老後,必復如此!是以遣,實無他故。」御覽四百九十九

【訳】
平原の陶丘氏が渤海の墨台氏の娘をめとった。彼女はとても美しく、才もすぐれており、二人は仲むつまじかった。男児が生まれて女の実家へ行った。女の母の丁氏は年老いており、婿にあいさつをした。彼は自宅へ戻ると妻を離縁することにした。女が家を去る時に何がいけなかったのかと問うと、こう答えた「このあいだお義母さんに会ったが年をとり徳も衰えており昔のようではなかった。あなたも年をとればきっとああなるだろう。だから離縁するのだ。他に理由はない」

十五、呉人の嘘つき!

【原文】
漢人有適吳,吳人設筍,問是何物?語曰竹也!歸煮其床簀而不熟,乃謂其妻曰:「吳人轣轆,欺我如此!」筍譜下紺珠集十一

【訳】
漢の人が呉に行った。呉の人はタケノコ料理でもてなした。「これは何ですか?」「竹です」帰ってとこすのこを煮たがやわらかくならず、妻にこう言った「呉人め、ぺらぺらと嘘をつきやがって!」(※北方には竹が生えない)

十六、北方人には気をつけろ

【原文】
吳人至京師,為設食者有酪蘇,未知是何物也,強而食之,歸吐遂至困頓。謂其子曰:「與傖人同死,亦無所恨;然汝故宜慎之。」類聚七十二御覽八百五十八

【訳】
呉の人が都へ行った。出された食事に酪蘇があり、何だか分からなかったが無理して食べた。帰ってから吐き、ぐったりしてしまった。そこで子にこう言った「北方の野蛮人と一緒に死ぬのもしかたない。だがお前はよく気をつけなさい」(※当時南方人は乳製品に馴染みがなかった)

十七、出されたものは黙って食べろ?

【原文】
南方人至京師者,人戒之曰:「汝得物唯食,慎勿問其名也!」往詣主人,入門內,見馬矢,便食之;覺惡臭,乃止步。進見敗屩棄於路,因復嚼,殊不可咽。顧伴曰:「且止!人言不可皆信。」後詣貴官,為設?,一引作饌因見視曰:「汝是首物,一引作戒故昔物且當勿食。」御覽六百九十八又八百五十一

【訳】
南方の人が都へ行くにあたって、ひとからこう注意を受けた「出されたものはただ食べて、その名前を問わないように」訪問先へ行くと、門を入ったところに馬糞があったのでそれを食べた。臭くて立ち止まってしまった。進むと、破れた草履が道に捨ててあったのでまたモグモグした。殊に飲み込めたものではなかった。お伴を振り返って言った「やめだ! 人の言うことを鵜呑みにはできん」その後、偉い官僚を訪問して食事を出されたとき、それを見て言った「最高のごちそうかもしれないが、食べないでおこう」

十八、かなえの脚が焼け落ちた

【原文】
太原人夜失火,出物,欲出銅槍,誤出熨▢,便大驚怪。語其兒三字類聚引有曰:「異事!二字類聚引有火未至,槍已被燒失腳。」書鈔一百三十五類聚七十二御覽七百五十七

【訳】
太原の人が夜に火事になったため家の物を運び出していた。銅のかなえ(脚付きの鍋)を持ち出そうとして、間違えて熨斗ひのし(炭を入れてアイロンとして使う片手鍋状の道具)を持ってきて、大いに驚きあやしんで子にこう言った「なんてこった!火がまだ至っていないのにかなえの脚がもう焼失している!」

十九、伸ばせばいいんでしょう

【原文】
平原人有善治傴者,自雲:「不善,人百一人耳。」有人曲度八尺,直度六尺,乃厚貨求治。曰:「君且○。」欲上背踏之。傴者曰:「將殺我!」曰:「趣令君直焉知死事。」續談助四

【訳】
平原の人で傴(背中の曲がる病気)を治療するのが上手い者がいた。「よくならないのは百人に一人です」と言っていた。曲がった状態に合わせて測れば八尺、立った状態で測れば六尺という身長の人がおり、大金で治療を求めた。「ではうつぶせになって下さい」背中に乗って踏もうとするので傴の人が「殺す気か!」と言うと、「すぐにあなたをまっすぐにしますよ。 死ぬかどうかは知りません」

二十、附子(ぶす)と当帰(とうき)の処方箋

【原文】
某甲為霸府佐,為人都不解。每至集會,有聲樂之事,己輒豫焉;而恥不解,妓人奏曲,贊之,己亦學人仰贊和。同時人士令己作主人,並使喚妓客。妓客未集,召妓具問曲吹,一一疏著手巾箱下。先有藥方,客既集,因問命曲,先取所疏者,誤得藥方,便言是疏方,有附子三分當歸四分。己雲:「且作附子當歸以送客。」合座絕倒。御覽五百六十八

【訳】
某甲あるひとが王府の補佐になったが、ものに通じていない人物であった。集まりで歌や楽器の演奏があるたびに、分からないのが恥ずかしいので、演奏する妓女への賛辞を送る時には他の人のまねをして口をそろえていた。そんなある日のこと、彼が集まりの差配役に選ばれ、演奏する妓女と来客をとりしきることになった。妓女と客がまだ集まらないうちに妓女を呼んで曲についてつぶさにたずね、一つ一つてぬぐいに書き記して手箱にしまっておいた。箱の中には薬の処方箋も入っており、客が集まって曲名をたずねた時に曲目の書き付けを取り出すつもりが誤って処方箋を取り出した。処方箋には「附子ぶす(トリカブトを使った漢方薬)三分、とう四分」と書いてあった。そこでこう言った「附子を使ったらお客様をあの世にお送りすることになります」列席者たちは笑い転げた。

二十一、豆の話じゃないんだけど

【原文】
有人吊喪,並欲賫物助之,問人:「可與何等物?」人答曰:「錢布榖帛,任卿所有爾!」因賫一斛豆置孝子前,謂曰:「無可有,以一斛大豆已上十四字據廣記引補相助。」孝子哭喚奈何,己以為問豆,答曰:「可作飯!」孝子復哭喚窮己曰:廣記引作孝子哭孤窮奈何曰造豉孝子更哭孤窮曰「適有便窮,自當更送一斛。」類聚八十五廣記二百六十二

【訳】
ある人が弔問へ行くにあたり、喪家への援助の品を持って行こうとして「どんな物をあげたらいいかな」と人にたずねた。聞かれた人はこう答えた「銭、布、穀物、帛……あなたの持っているものならなんでもいいんですよ」そこで一石の豆を贈り物として孝子(故人の子。喪主)の前に置いて言った「ご愁傷様です。心ばかりですが一石の大豆です」孝子は泣いて「どうすればいいのやら」と喚いた。豆のことを聞かれたと思って「ご飯が作れます」と答えた。孝子がまた泣いて孤窮(親に先立たれた者の悲しみ)を嘆くと、「困窮すればまたもう一石送ります」と言った。

二十二、いくら塩を足しても

【原文】
人有所羹者,以杓嘗之,少鹽,便益之。後復嘗之向杓中者,故雲鹽不足。如此數益升許。鹽故不堿,因以為怪。御覽八百六十一

【訳】
羹を作っている人が杓にすくって味見をし、塩が少ないため足した。その後また杓の中のものを味見したため、塩が足りないと言った。こうして何度も塩を足して一升ほどになった。どうしてしょっぱくならないのだろうと不思議がった。

二十三、口にくわえておかなくちゃ

【原文】
甲買肉過都,入廁,掛肉著外。乙偷之,未得去,甲出覓肉,因詐便口銜肉雲:「掛著門外,何得不失?若如我銜肉著口,豈有失理。」御覽八百六十二書鈔一百四十五

【訳】
甲が肉を買って街を歩いていた。廁へ入るときに肉を外にぶらさげた。乙はこれを盗んだが、立ち去らないうちに甲が出てきて肉を返せと言った。乙はごまかそうとして口で肉をくわえて言った「門の外にぶらさげてあればなくなって当然だろう? 俺のように口にくわえていればなくすわけないんだ」

二十四、陳佗は誰が殺したか

【原文】
有甲欲謁見邑宰,問左右曰:「令何所好?」或語曰:「好公羊傳。」後入見,令問:「君讀何書?」答曰:「惟業公羊傳。」試問:「誰殺陳他者?」甲良久對曰:「平生實不殺陳他。」令察謬誤,因復戲之曰:「君不殺陳他,請是誰殺?」於是大怖,徒跣走出。人問其故,乃大語曰:「見明府,便以死事見訪,後直不敢復來,遇赦當出耳。」廣記二百六十

【訳】
甲が邑の長官に拝謁しようとし、左右の人に「長官は何を好まれますか」と尋ねた。ある者が「公羊伝を好まれます」と答えた。その後、甲は中に入って拝謁し、長官は甲に「あなたはどんな書を読むのか」と尋ねた。「もっぱら公羊伝です」長官は試しに「陳佗を殺したのは誰か」と尋ねた。甲はしばらく考えてから「私は陳佗を殺してはおりません」と答えた。長官は甲が間違っていると察したが、からかってこう続けた「あなたが陳佗を殺していないなら誰が殺したのだろうね?」甲は大いに怖れ、はだしで逃走した。なぜ逃げてきたのかと問われると、甲はこう語った「長官にお目にかかったら殺人事件の取り調べを受けた。このままでは顔を出せない。恩赦が出たら訪問します」

二十五、渭陽の思い秦康に過ぐ

【原文】
甲父母在,出學三年而歸,舅氏問其學何得,並序別父久。乃答曰:「渭陽之思,過於秦康。」既而父數之:「爾學奚益?」答曰:「少失過庭之訓,故學無益。」廣記二百六十二

【訳】
甲には父母がおり、三年間遊学して家に帰った。母方のおじが学問で何を得たかと甲に尋ね、また、お父さんが恋しかったろうと言った。甲はこう答えた「渭陽の思い、秦康に過ぐ(『詩経』秦風「渭陽」より。おじさんが恋しかったです、の意)」父が「学問をした甲斐がないじゃないか」となじると、こう答えた「わかくして過庭の訓を失す。故に学ぶも益なし(『論語』季子篇より。小さい頃からお父さんの教育が悪いので学問をしても役に立ちません、の意)」

二十六、どうやって自分の鼻を噛んだのか

【原文】
甲與乙鬥爭,甲嚙下乙鼻。官吏欲斷之,甲稱乙自嚙落。吏曰:「夫人鼻高耳口低,豈能就嚙之乎?」甲曰:「他踏床子就嚙之。」廣記二百六十二

【訳】
甲と乙が喧嘩をして、甲が乙の鼻を噛みちぎった。官吏は甲を断罪しようとしたが、甲は乙が自分で鼻を噛みちぎったのだと言った。官吏が「人というものは鼻は高く耳口は低いものだ。どうやって噛むことができたというのだ」と言うと、こう答えた「腰掛けの上に登って噛んだのです」

二十七、私のやる通りにすればいい

【原文】
傖人欲相共吊喪,各不知儀。一人言粗習,謂同伴曰:「汝隨我舉止。」既至喪所,舊習者在前,伏席上,余者一一相髡於背;而為首者以足觸詈曰:「癡物!」諸人亦為儀當爾,各以足相踏曰:「癡物!」最後者近孝子。亦踏孝子而曰「癡物!」廣記二百六十二

【訳】
いなかものが連れ立って弔問へ行こうとしたが、みんな作法を知らなかった。一人がざっくりとなら知っていると言い、同伴者たちにこう言った「私のやる通りにすればいい」葬式の場へ着くと、ざっくり知っている者がみんなの前になって席上に伏し、他の者たちはひとりひとり後ろに連なった。先頭の者が後ろに連なってしまった者を足でつついて「ボケ!」と罵ると、みんなもこれが礼儀なのだろうと思っておのおの足を踏んづけて「ボケ!」と言った。最後の者は孝子(故人の子。喪主)に近づいて行って踏んづけて「ボケ!」と言った。

二十八、クルックー

【原文】
有癡婿,婦翁死,婦教以行吊禮。於路值水,乃脫襪而渡,惟遺一襪。又睹林中鳩鳴雲:「○鴣○鴣!」而私誦之,都忘吊禮。及至,乃以有一襪一足立,而縮其跣者,但雲:「○鴣○鴣!」孝子皆笑。又曰:「莫笑莫笑!如拾得襪,即還我。」廣記二百六十二

【訳】
アホな婿がいた。妻の父が亡くなり、妻が葬礼の作法を教えた。途中に川があり、くつしたを脱いで渡り、片方だけ置き忘れた。また、林の中で鳩が「クルックー、クルックー」と鳴くのを見て、自分でも声を出して誦じて葬礼のことをすっかり忘れた。到着すると、片方のくつしただけで片足立ちをし、はだしの足を縮めてただ「クルックー、クルックー」と言ったため、喪主たちはみな笑った。男はさらにこう言った「笑わないで! もしくつしたを拾ったら返して下さい」

二十九、野菜畑に羊

【原文】
有人常食蔬茹,忽食羊肉,夢五藏神曰:「羊踏破菜園!」紺珠集十三

【訳】
いつも野菜ばかり食べている人があるとき羊肉を食べると、夢に五藏の神が出てきて言った「羊が菜園を踏み荒らしたぞ!」

参考文献:『中国古典小説選12 笑林・笑賛・笑府他<歴代笑話>』竹田晃・黒田真美子 明治書院 2008.11.10