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その男、崔廉。三国志平話で「六分割」された督郵

黄巾こうきん討伐の軍功によってあんけんという官職を得た劉備りゅうび
県の監察に来た督郵とくゆうに面会を求めたところ、断られたため、押し入って督郵を縛り上げ、棒で二百回もたたいた挙げ句、官職を捨てて逃亡してしまいます。
正史『三国志』に載っているこの話は『三国志演義』にも脚色を加えたうえで取り入れられており、劉備に嫌がらせを言う『三国志演義』の督郵の人物像は広く親しまれています。
この督郵、『三国志演義』より早い時期に成立した三国志物語『三国志平話』では「崔廉さいれん」という名前を与えられており、人物像も『三国志演義』とは少し異なっております。
そして、『三国志平話』での督郵の始末の仕方は棒叩きではなく、なんと六分割です!

横山光輝「三国志」督郵画像
督郵と聞いてこの顔を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。画像は横山光輝「三国志」(潮出版社)第3巻66ページより、劉備にたてつくとどうなるかいまにおもいしる督郵。

「督郵」とは

「督郵」は官職の名前です。
ぐん太守たいしゅによって派遣され、管内に命令を伝えたり、監察を行ったりする役職だそうです。
劉備は「郡」の下に属する行政区画である「県」のですから、督郵の監査を受ける立場にあたります。

正史『三国志』では:面会を断られた劉備が発作的に討ち入って棒で二百叩き

まずは正史『三国志』の記述から見てみましょう。

靈帝末,黃巾起,州郡各舉義兵,先主率其屬從校尉鄒靖討黃巾賊有功,除安喜尉。督郵以公事到縣,先主求謁,不通,直入縛督郵 ,杖二百,解綬繫其頸着馬枊,棄官亡命。
【訳】
霊帝れいていの治世の末期に黄巾が蜂起し、州や郡はそれぞれ義兵を興した。先主(劉備)は仲間を率いて校尉の鄒靖すうせいに従い黄巾賊を討ち、功があったため、安喜の尉に任命された。督郵が公用で県にやって来た時、先主は面会を求めたが、入れてもらえなかったため、そのまま入って行き督郵を縛り、棒で二百回叩き、じゅ(官職のハンコをぶら下げるためのひも)を解いて督郵の首にかけ、馬つなぎの柱に縛り付けておき、官職を捨てて逃亡した。

督郵に面会を断られたので、劉備は(たぶん怒って)督郵を滅多打ちにして、県尉のハンコを督郵の首にぶら下げて官職を捨てて逃げちゃった、という話です。

『典略』では:面会を断られた劉備が計画的に討ち入って拉致し、叩き殺そうとする

正史『三国志』のこの部分に付いている注釈に『典略てんりゃく』からの引用がありますが、そこに描かれている劉備は正史『三国志』と違い、計画的に督郵を襲撃し、拉致しています。

其後州郡被詔書,其有軍功為長吏者,當沙汰之,備疑在遣中。 督郵至縣,當遣備,備素知之。聞督郵在傳舍,備欲求見督郵 , 督郵稱疾不肯見備,備恨之,因還治,將吏卒更詣傳舍,突入門,言「我被府君密教收督郵」。遂就床縛之,將出到界,自解其綬以繫督郵頸,縛之著樹,鞭杖百餘下,欲殺之。 督郵求哀,乃釋去之。
【訳】
その後、州や郡はみことのりによって、軍功で官職についた者を審理しなおすことになった。劉備は自分が審査対象になっているのではないかと思っていた。
督郵は県に至ると、劉備を帰郷させようと考えた。劉備もこれを知っていた。
督郵が宿舎にいると聞き、劉備は督郵に会おうとしたが、督郵は病気と称して劉備に会おうとしなかった。
劉備はこれを恨み、役所に戻ると、そつを引き連れ再度宿舎に行き、門から突入して言った。
くん(郡の長官)の密命により督郵を捕らえる」
寝台にいる督郵を縛り、県の境界まで行くと、自分の綬を解いて督郵の首にかけ、木に縛り付け、鞭や棒で百回あまりも叩いて殺そうとした。督郵が哀願したため殺すのは勘弁してやり、劉備は立ち去った。

まず、督郵が役人の中からリストラ対象を選ぶために回ってきたということ、劉備がリストラされると知って督郵に会いに行ったことが、正史『三国志』にはなかった情報ですね。
劉備はおそらくリストラ対象から外してくれと督郵にお願いしに行ったのでしょう。
督郵は劉備の意図を察したのでしょうか、仮病(これも正史『三国志』にはなかった情報です)を使って会うのを断っています。
劉備がそれを恨んだこと、いったん帰って手下をひきつれ「密命である」と嘘をついて督郵を捕縛したこと、県の境界まで拉致したこと、木に縛り付けて叩き殺そうとしたこと、督郵が哀願したため殺すのを勘弁してやったこと。これらも正史『三国志』にはない情報です。
『典略』では正史『三国志』より話が具体的ですね。
『典略』を書いたと言われる魚豢ぎょかんの人ですから、もしかすると劉備の暴れん坊エピソードを盛って書いたのかもしれませんね?

三国志演義』では:賄賂をほのめかす督郵を張飛が柳の枝で叩く

おなじみ『三国志演義』では、督郵はリストラ対象を選ぶためにやって来て、劉備は自分がリストラ対象ではなかろうかと思っています。この始まり方は『典略』と同じですね。
そのあと、督郵の横柄な態度や、それを見て腹を立てるかん張飛ちょうひの様子、劉備の出自を聞いて皇族をかたるとは不届き千万と叱りつける督郵などの描写が続きます。
県の役人が劉備に「督郵が威張り散らしているのはわいが欲しいだけなんじゃないですか」と教えると、劉備は「なんの後ろ暗いところもないのだから賄賂を送る必要はない」と聞く耳を持ちません。
翌日には督郵は県の役人を捕らえて県尉が民をいじめていると言えと強要し、劉備が役人の釈放を求めに来たのを門番に止めさせて、県の役人を釈放しません。
一方、悶々と酒を飲んでいた張飛。馬に乗って出掛け、たまたま館舎の前を通りかかると、五六十人もの老人が泣きわめいています。
彼らは督郵が劉備を陥れようとしていることを知り、劉備を助けるために陳情に来て門番に叩き出されたということです。
それを聞いた張飛は怒り心頭、館舎に押し入り、督郵の髪をつかんで引きずり出し、県の前の馬をつなぐ柱に督郵を縛り付けると、柳の枝を折ってきて、督郵のももを力一杯たたき、数十本の枝が折れるほど叩き続けます。
騒ぎを聞いた劉備が急いでやってきました。
張飛「こんな民を害する賊は叩き殺すしかねえ!」
督郵「玄徳げんとく(劉備)さま、お助け下さい!」
劉備張飛を止めると、やってきた関羽はこう言いました。
「兄者はあまたの大功を立てたにもかかわらず、県尉の職を得たのみで、あまつさえ督郵の侮辱を受けるしまつです。いばらの中は鳳凰ほうおうの住む場所ではありません。督郵を殺して官職を捨てて帰郷し、また大計をたてましょう」
劉備印綬いんじゅを外し、督郵の首にかけ、こんな捨て台詞を吐いて逃走します。
「お前のような民を害する奴は殺して当然だが、命ばかりは許してやる。印綬は返すぜ。あばよ」
このあと督郵は州の太守にこのことを訴えて(※)、劉備たちはお尋ね者になりました。
(※)余談:この部分、たく本では県の民が督郵の縄を解いたとあるのですが、新しい版本である毛宗崗もうそうこう本ではその一文が削られています。劉備が民に慕われていたことと矛盾するからカットしたのでしょうか。毛宗崗本の編纂は芸が細かいですね。

横山光輝「三国志」督郵画像
画像:横山光輝「三国志」第3巻90ページより

正史『三国志』と『典略』では督郵は劉備に会わなかっただけですが、『三国志演義』の督郵は賄賂を要求し劉備を陥れようとする悪いやつとして描写されていますね。滅多打ちにされて当然のキャラクターになっております。
また、督郵を打つのは張飛で、凶器は棒ではなく柳の枝、劉備は情け深く張飛を静止する役回りです。
『典略』の劉備が棒で叩き殺そうとしていたのとは大きな違いです!

三国志平話』では:劉備張飛のおこした殺人事件の犯人にされそうになったため、関羽張飛が督郵を「六分割」!

さて、いよいよ「六分割」のお話でございます。
こちらは『三国志演義』とはストーリーが違っており、督郵は殺人事件の調査に来ています。
その前の話として、劉備が任地に到着するのが遅かったために郡の太守から叱られ、怒った張飛が夜闇に紛れて太守の家を襲撃し、太守夫妻と下働きの女性と宿衛の射手二十人あまりを殺して素知らぬ顔で帰ってきて犯人は分からないという事件がありました。
督郵はその調査に来たのです。
督郵が派遣される場面から『三国志平話』を訳してみましょう。

朝廷發下使命督郵,姓崔名廉,御史台走馬,前至定州館驛內安下。大小眾官來見使命,問使命有何公事。督郵曰:「為殺了本處太守,以此差我來問您眾官人每,這裡有縣尉麼?」「縣尉在門外,不敢便來見。」使命隨叫縣尉。 縣尉引兵三百餘人,內有關、張,左右隨尉二十三人,來見使命。使命曰:「你是縣尉?」劉備曰然。
【訳】
朝廷は督郵の崔廉さいれんという者に監察に行かせた。
督郵が定州の館駅に到着すると、役人たちが目通りに来て、どのような公事でみえられたのかと問うた。督郵は言った。
「ここの太守が殺害されたため、みなさまへの事情聴取に来たのです。県尉はいますか」
「県尉は門外にひかえております」
そこで督郵は県尉を呼んだ。県尉は兵三百人あまりを引き連れており、その中に関羽張飛もいた。左右に尉二十三人を従えて督郵に目通りした。督郵は言った。
「おまえが県尉か」
劉備は「はい」と答えた。

三国志平話』の督郵は朝廷からの特使(※)で、「崔廉」という名前が記されていますね。(※)督郵は郡から派遣されるはずですが気にしない。
目通りにきた役人たちには「您」という丁寧な呼び方をしていますが、劉備のことはふつうに「你」と呼んでいます。
続きを読みましょう。

使命曰:「殺了太守是你麼?」劉備曰:「太守在後堂中,明有燈燭,上宿者三五十人,殺太守二十餘人,燈下走脫者,須認得是劉備。那不是劉備。」督郵怒曰:「往日段圭讓被你弟張飛打了兩個大牙,是你來!今日聖旨差我來問你殺太守之賊。前者參州違限,本合斷罪,看眾官面,不曾斷你。因此挾仇,殺了太守。你休分說!」喝左右人拿下者。
【訳】
督郵「太守を殺したのはおまえか」
劉備「太守は後堂の中におり、灯火がともっておりました。宿衛していたのは数十人、殺されたのは太守ら二十人あまり。灯下で逃れた者はみな私を知っております。あれは劉備ではありません」
督郵は怒って言った。
「かつて段圭譲だんけいじょうはおまえの弟の張飛に殴られ前歯を二本折られたが、おまえのせいであろう! このたびの聖旨ではおまえが太守を殺した賊であることを尋問するために派遣されたのだ。州への着任の刻限に遅れた際、本来ならば断罪されるところであったが、官吏たちに免じて断罪を免れたのであったな。おまえはこの時のことを根に持って太守を殺したのだ。言い訳はやめよ!」
督郵は左右の者に劉備を捕らえさせた。

「おまえが太守を殺した賊であることを尋問する」って、ちょっと変な言い方ですね。劉備が殺人犯であると決めつけて拷問して自白させるつもりでしょうか。
劉備には動機(太守にいじめられた恨み)があるうえに、以前に張飛宦官かんがんを殴って前歯を折ったことがあるそうで、そのことも劉備には不利になっています。
張飛の前科(宦官を殴ったこと)のためにおそらく劉備一党は無軌道な暴れん坊集団だと思われていて、殺人事件は劉備の仕業に違いないとはなから思われているのでしょう。
続きを読みましょう。

傍有關、張大怒,各帶刀走上廳來,唬眾官各皆奔走,將使命拿住,剝了衣服。被張飛劉備交椅上坐,於廳前系馬樁上將使命綁縛。張飛鞭督郵邊胸,打了一百大棒,身死,分尸六段,將頭吊在北門,將腳吊在四隅角上。有劉備、關、張眾將軍兵,都往太山落草。
【訳】
横にいた関羽張飛は激怒した。おのおの刀をたずさえ殿上に登り、官吏たちをおどかして追い払い、督郵を捕まえると衣服をはぎ取った。
張飛劉備を支えて椅子に座らせ、役所の前の馬をつなぐ杭に督郵を縛りつけた。
張飛は督郵の胸のあたりを大きな棒で百叩きにし、督郵が死ぬと、死体を六つに分割し、頭を北門に、四肢を塀の四隅の角上につるした。
かくして劉備関羽張飛と諸将兵はみな太山の落草(山賊のたとえ)となったのである。

やり方が怖いですねぇ。
関羽張飛が役人たちを追い払うところからして手慣れた感じがしますし、俺っちが始末をつけますから兄貴はどうぞこちらでご覧になって下さいとばかりに劉備を椅子に座らせる張飛に、弟分のやることを椅子に座って悠然と眺めている劉備。完全にヤ〇ザっぽいですよね。
ヤ〇ザの報復は容赦なし。柳の枝で腿を叩いた『三国志演義』の張飛とは大違い、大きな棒で胸を叩きまくって死なせた挙げ句、死体は六分割して北門と四隅にぶら下げる。
怖すぎます!
六分割ということは、頭が北門、四肢が四隅、残りの一つはおそらく胴で、堂内に放置でしょうか……

三国志平話』の劉備は自ら手を下すわけではありませんが、身に覚えのない辱めに対しては報復を辞さないようですね。
黙っていても弟分が動くとは、まさに大徳です。

三国志平話』の督郵は悪くない

督郵については、賄賂を要求する腐った役人で、なんの落ち度もない劉備をおとしいれようとする悪いやつであり、ひどい目に遭わされても当然の人物であるというイメージを抱いている方も多いと思います。
しかしそれは『三国志演義』の描写によるものであり、正史『三国志』や『典略』では劉備の面会を断って劉備に逆恨みされただけで、督郵が悪いやつだという記述はありません。
三国志平話』の督郵も、劉備が犯人だと決めてかかっているところはいけませんが、それ以外は真面目に仕事をしているだけの人ですよね。
三国志平話』の顛末では、そもそも張飛が太守の屋敷に侵入して二十人以上も殺したのがいけないのであって、督郵の推理はおおむね正しいわけです。
そんな督郵を叩き殺したあげく六分割とは、むむむ……劉備一行、これはいけませんぞ!?

まとめ

正史『三国志』、『典略』、『三国志平話』の督郵にはひどい目にあわされなければならないほどの悪人としての描写がありませんが、『三国志演義』では賄賂を要求したり、何の落ち度もない劉備をおとしいれようとしたりする悪い奴としての描写が加わっています。
これは劉備をいい人として描くにはよい演出ですね。

三国志平話』では「崔廉」という立派な名前が与えられており、犯人を推理して真面目に仕事にとりくんでいる督郵。
棒で叩き殺されて六分割という顛末は、劉備一行の恐ろしさを読者に刻み込むには充分ですね。
なんですかねこれ。サスペンス劇場でしょうか??
三国志平話』には『三国志演義』とは違った魅力があるなぁと感じました!

原文引用元:
・中華書局『三国志』1982年7月 第2版
・『全相平話三国志至治新刊』中国哲学書電子化計画 最終閲覧日:2020年9月25日
 参照URL:https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=987805
※冒頭に引用した横山光輝「三国志」の画像をこの記事のアイキャッチ画像とさせて頂いております。